東京高等裁判所 昭和33年(ネ)1107号 判決 1966年9月20日
理由
第一、詐害行為の取消請求についての判断
一、控訴人の債権の存否について
(省略)
しかして上記認定の事実によれば結局、控訴会社は秋野三郎に対し、昭和三〇年七月一二日現在において元本合計金八五八万円の債権を有すること、並びに控訴会社が取得した秋野三郎に対する債権のうち、その発生時期の最も早いものは、訴外火工品製造合資会社から譲受に係る同会社が昭和二八年六月一五日秋野三郎に貸付けた金五〇万円の債権(別紙債権表一七記載の分)であつて、その余の債権は、すべて同日以降発生したものであることが明らかである。
二、秋野三郎と被控訴人間になされた本件建物の代物弁済と詐害行為の成否
(一) 被控訴人が秋野三郎所有の本件建物について、それぞれ、昭和三〇年七月一二日付金銭消費貸借契約に基づく債務金三〇〇万円を弁済しないときは所有権を移転する旨の、同日付同訴外人との間の停止条件付代物弁済契約を登記原因として、東京法務局昭和三〇年七月一五日受付第九、一六二号をもつて所有権移転請求権保全の仮登記を経由し、さらに右代物弁済を登記原因として、同法務局同年八月一五日受付第一〇、五三〇号をもつて所有権移転登記を経由したことは、いずれも当事者間に争がない。
(二) 控訴人は「右秋野三郎と被控訴人間の代物弁済契約は、右登記簿記載のとおり昭和三〇年七月一二日に、はじめてなされたものである」旨主張するに対し、被控訴人は、「右代物弁済は、昭和二八年二月一一日および同年三月五日に成立した契約に基くものである」旨主張するので、以下この点について検討する。
《証拠》を総合すれば、次の諸事実を認めることができる。すなわち、秋野三郎は中央区日本橋蛎殼町四丁目一〇番地所在の宅地二七坪九合二勺及びその地上の原判決添付の別紙目録記載の本件建物三棟を所有していたが、昭和二八年二月一二日頃被控訴人から金一八〇万円を借受け、被控訴人に対し、利息は一カ月七分とし(その後、間もなく一カ月二分に改めた)、毎月一二日に一カ月分を前払し、遅くとも同年六月一二日限り完済することを約すると共に、もし弁済期日に弁済しないときは、弁済に代え、前記本件建物のうち鉄筋コンクリート倉庫一棟の所有権を被控訴人において一方的に取得できる旨を約定した。次いで秋野三郎は、同年三月初頃被控訴人に対して、さらに融資を依頼し、担保として同人の実妹である訴外清水春恵所有の土地及び地上家屋を提供することを約し、被控訴人は右依頼に基づき同月中数回にわたつて合計金一五〇万円を右訴外人に貸与したが、その際、被控訴人は前記金一八〇万円の債権の担保として、さらに、本件建物のうち前記鉄筋コンクリート倉庫一棟の附属建物である木造家屋二棟をも提供することを求めたので秋野三郎はこれを承諾し、前記金一八〇万円の債務につき弁済期日に弁済することができないときは、右木造家屋二棟の所有権も弁済に代えて被控訴人に移転することを約定した。
ところが秋野三郎は、右各借受債務について、当初借受の際に、それぞれ一ケ月二分の割合による二ケ月分程度の利息を前払するとともに、借受金額を額面とし、満期を二ケ月先とする約束手形を被控訴人に交付したが、弁済期日に至つても元金はもちろんその余の利息、損害金も支払うことができなかつた。被控訴人としては、右金一八〇万円の貸金債権の弁済期日たる同年六月一二日の経過と共に、当然前記代物弁済の予約を完結し得たわけであるが、これを猶予し、秋野三郎が差し入れた前記約束手形の書替に応じ、爾来引き続き二ケ月毎に、前払遅延損害金として額面金額に対する満期まで一ケ月二分の割合による金額を加算した約束手形の振出交付を受けて来た。
ところで被控訴人は、昭和三〇年七月一二日に至り、秋野三郎に対し、前記一八〇万円の貸金の元利合計金額を金三〇〇万円に打ち切ると共に、(当初額面金額一八〇万円の約束手形を上記の方法で書替をなすときは、昭和二八年四月一二日第一回の書替の際の額面金額は金一八七万二、〇〇〇円、昭和三〇年六月一二日の書替の際には同年八月一二日までの遅延損害金を加算し額面金額は金三一一万七、〇一〇円となることは、計数上明らかである)、右金三〇〇万円を同年八月一二日までに弁済しないときは、約旨に従い代物弁済により本件建物三棟の所有権を最終的に取得し、被控訴人名義の所有権取得登記を経由する旨を通告した。そして被控訴人は秋野三郎から交付を受けた印鑑証明書、委任状等を使用して、本件建物につき同月一五日東京法務局受付第九、一六二号をもつて上記代物弁済契約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記を経由し(もつとも、右登記については、司法書士の意見に従い、同年七月一二日付停止条件付代物弁済契約を登記原因として記載した)、次いで右最終の弁済期日たる同年八月一二日までに秋野三郎が債務の弁済をしなかつたので、被控訴人は、約旨に従い右金三〇〇万円の弁済に代えて本件建物の所有権を取得すると共に、同年八月一五日同法務局受付第一〇、五三〇号をもつて右仮登記に基づく所有権移転の本登記を経由し、当時その旨を秋野三郎に通知した。
以上のとおり認めることができる。しかして前顕各証拠と対照するときは、(《証拠》省略)その他本件に顕われたすべての証拠によるも、未だ右認定を左右するに足りない。
しかして以上認定の事実関係によれば、秋野三郎と被控訴人間の本件建物の代物弁済は、なんら控訴人主張のように前記登記簿記載の昭和三〇年七月一二日に初めて締結されたものではなく、被控訴人主張のように昭和二八年二月及び同年三月に締結された代物弁済の予約の履行としてなされたものであつて、被控訴人は、後に右予約の完結権を行使した結果、その所有権を取得したものというべきである。
(三) ところで右のように代物弁済の予約およびその完結がなされた場合に、それが詐害行為に該当するか否かは、右代物弁済の予約が締結された当時を基準として判断すべきものと解するのが相当であるところ(最高裁判所昭和三八年一〇月一〇日言渡判決民集一七巻一一号一、三一三頁の趣旨参照)、前記認定事実から明らかであるように、控訴人が秋野三郎に対して有する債権はすべて昭和二八年六月一五日以降に発生したものであつて、他方、秋野三郎と被控訴人間に前記代物弁済の予約が締結されたのは、控訴人の債権の発生前である昭和二八年二月と三月であるから、右代物弁済はなんら控訴人に対する詐害行為とはならないものというべきである。もつとも前記認定事実によれば、右代物弁済についての登記は、控訴人の秋野三郎に対する債権の発生後に経由したものであることが明らかであるけれども、元来詐害行為となるものは、債務者の財産の減少を目的とする法律行為そのものであつて、これについての登記の有無は詐害行為の成否に影響がないと解するを相当とする。(大審院大正六年一〇月三〇日言渡判決民録一六二四頁、同昭和一一年七月二三日言渡判決新聞四〇三九号一〇頁参照)
しかして他に右代物弁済が控訴人に対する詐害行為となるものと認むべき事由についてはなんら主張がないから、控訴人の詐害行為取消を求める本訴請求は、その余の判断をなすまでもなく理由がないものといわなければならない。
第二、代位による登記抹消の請求についての判断
控訴人は、上記被控訴人が本件建物についてなした仮登記及び所有権移転登記は、いずれも登記原因を欠く無効の登記であると主張する。ところで右各登記が真実の登記原因と異なる登記原因によりなされていることは前認定のとおりであるけれども、被控訴人が実体上有効に本件建物の所有権を取得したことは前段に認定、判断したとおりであるから、右各登記は実体上の権利関係の現状に吻合するものとなつたということができ、前所有者である秋野三郎がその抹消を求めることは許されないところといわなければならない。従つて同訴外人に代位してなす控訴人の予備的請求は理由がない。
第三、結論
上来説示のとおり控訴人の詐害行為の取消を求める請求は理由がなく、右請求を棄却した原判決は結局相当で、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴人の代位による登記抹消を求める当審での予備的請求は理由がないからこれを棄却し……。